Sanno Shrine 山王神社の被爆クスノキと一本柱鳥居
念願だった山王神社を訪れた。
長崎市への原子爆弾投下で片方の柱が吹き飛んだ一本柱鳥居(二の鳥居、片足鳥居)や、熱線により裸同然となりながらも、豊かな緑を取り戻した被爆クスノキがある。
被爆クスノキ
山王神社境内入口の2本のクスノキで、向かって右側の1本は胸高幹囲8.20m、左側の1本は6mほど。
ともに昭和20年の原爆を受けて主幹の上部は折れ、熱線で幹肌を焼かれた。一時は全く落葉して枯木同然であったが、次第に生き返り樹勢を盛り返した。
ともに主幹の上部を欠くため樹高は10m内外であるが、それぞれ10余の大小の支幹は、四方に枝張りして一体となり東西40m、南北25mの大樹冠をつくっている。
境内を通る風で起こる葉音は、1996年に環境省の「日本の音風景100選」にも選ばれた。
一本足鳥居
爆心地から約800mにある被爆遺構。
原爆投下後、周辺は焼け野原になったが、4つあった鳥居のうち一の鳥居は無傷で、二の鳥居は爆心に近い方の柱などが倒壊し、片方の柱と半分の笠石を残して立っていた。この際、笠石は爆風によりねじれて角度がわずかに変わっている。
1962年に一の鳥居は交通事故により倒壊。当時は被爆遺構に対する関心が低かったため、撤去されたそうだ。
松尾茂十さん(1923年生まれ)が、私たちが見学しているのに気づき、近くの家から出てこられ説明をしてくださった。
松尾さんは、倒壊した鳥居を拾い集め、片づけられた方で、以来、一本足鳥居を守っておられるそうだ。
2009年3月10日撮影
長崎県長崎市坂本
引用
山王神社(長崎市)@Wikipedia
長崎市への原子爆弾投下で片方の柱が吹き飛んだ一本柱鳥居(二の鳥居、片足鳥居)や、熱線により裸同然となりながらも、豊かな緑を取り戻した被爆クスノキがある。
被爆クスノキ
山王神社境内入口の2本のクスノキで、向かって右側の1本は胸高幹囲8.20m、左側の1本は6mほど。
ともに昭和20年の原爆を受けて主幹の上部は折れ、熱線で幹肌を焼かれた。一時は全く落葉して枯木同然であったが、次第に生き返り樹勢を盛り返した。
ともに主幹の上部を欠くため樹高は10m内外であるが、それぞれ10余の大小の支幹は、四方に枝張りして一体となり東西40m、南北25mの大樹冠をつくっている。
境内を通る風で起こる葉音は、1996年に環境省の「日本の音風景100選」にも選ばれた。
一本足鳥居
爆心地から約800mにある被爆遺構。
原爆投下後、周辺は焼け野原になったが、4つあった鳥居のうち一の鳥居は無傷で、二の鳥居は爆心に近い方の柱などが倒壊し、片方の柱と半分の笠石を残して立っていた。この際、笠石は爆風によりねじれて角度がわずかに変わっている。
1962年に一の鳥居は交通事故により倒壊。当時は被爆遺構に対する関心が低かったため、撤去されたそうだ。
松尾茂十さん(1923年生まれ)が、私たちが見学しているのに気づき、近くの家から出てこられ説明をしてくださった。
松尾さんは、倒壊した鳥居を拾い集め、片づけられた方で、以来、一本足鳥居を守っておられるそうだ。
2009年3月10日撮影
長崎県長崎市坂本
引用
山王神社(長崎市)@Wikipedia








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