善知鳥神社で棟方志功の書を閲覧

青森市発祥の地、陸奥国外ヶ浜総鎮守の善知鳥神社へ再度訪れた。

前回は、ちょうど正遷座千二百年大祭のあった9月14日だった。

今回の目的は、前回撮り忘れた芭蕉句碑の撮影と、
あらかじめ電話で予約をしておいた棟方志功の書の閲覧。

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芭蕉はなくなく平泉からUターンしたため、青森を訪れていないが、
篤志家が芭蕉句碑を寄贈した。

碑文

名月や 鶴脛高き 遠干潟
(めいげつや つるはぎたかき とおひがた)

芭蕉が青森に辿り着く事ができなかった想いがこの石碑の俳句に記されている。

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社務所を尋ねると、中に案内され、権禰宜(ごんねぎ)の苫米地明さんが応対してくださった。

まずは、棟方志功書の「善知鳥神社」の掛け軸の閲覧と撮影。

また、前回ガラスの反射でうまく撮れなかった善知鳥の剥製を再度撮影。
今回はガラスケースから出して撮らせていただいた。

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いろいろ説明を受けたり、雑談をしたり小一時間ばかりお邪魔した。

棟方志功の生家は善知鳥神社のすぐ近くにあり、
よく神社境内で遊んでいたそうだ。

私が奥の細道で青森を歩いていることを述べ、もしやと思っていた、
「善知鳥神社正面の通りは旧奥州街道ではないか」を尋ねたところ、
その通りだと教えてくださった。

次の写真は神社参道から撮った旧奥州街道。

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別れに、記念として善知鳥絵馬をいただいた。

これは、棟方志功が、善知鳥神社の由来をもとに描いた
「善知之鳥親仔之図」を絵馬にしたもの。

2007年10月5日撮影
青森市安方

関連

千二百年祭の善知鳥神社の狛犬
https://masajiinokobeya.seesaa.net/article/200709article_38.html

奥州街道終点
https://masajiinokobeya.seesaa.net/article/200709article_44.html

善知鳥神社
http://www.actv.ne.jp/~utou/

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